「 政治家91人、中国の人権弾圧に抗議 」
『週刊新潮』 2012年4月19日
日本ルネッサンス 第506回
チベット亡命政府首相ロブサン・センゲ氏招致委員会の長としてセンゲ首相をお招きし、4月3日、国家基本問題研究所(国基研)主催のシンポジウム「アジアの自由と民主化のうねり 日本は何をなすべきか」を開催した。シンポジウムは第1部でセンゲ首相がチベット問題を、第2部で世界ウイグル会議事務総長のドルクン・エイサ氏、モンゴル自由連盟党幹事長のオルホノド・ダイチン氏がそれぞれの民族の実情を語った。
約4時間にわたって、非道を極める中国の異民族弾圧が具体的に指摘され、世界は、自由、民主主義、法治を重んずる日本を含む国々と、それとは異質の価値観を押し通す中国などの二大勢力に分かれていることが改めて鮮明になった。
その日は日本全国に強い風雨が吹き荒れたが、会場はほぼ埋め尽くされた。決して派手とは言えないテーマと暴風雨にも拘わらず、多くの人が関心を抱いて来て下さった。私はまず、そのことに胸を打たれた。
会場には元首相の安倍晋三氏をはじめ、自民党の下村博文氏、加藤勝信氏、山谷えり子氏、民主党の笠浩史氏、長尾敬氏、村越祐民氏ら、少なからぬ数の政治家の姿が目立ったが、彼らに対する中国政府の圧力は予想どおり並大抵ではなかった。
中国政府はセンゲ首相来日直後に、「日本が訪問を放任していることに強烈な不満を表する」との談話を出し、「分裂勢力にいかなる支持も便宜も与えないよう」要求し、政府与党にも自民党本部にもセンゲ首相と接触しないように執拗に働きかけた。結果、政務三役の姿はなかったが、後述するように予想を超える多くの政治家が出席した。日本の政治は新しい地平に立とうとしているのである。
シンポジウムでウイグル代表のエイサ氏が語った。
「私たちは東トルキスタン国のウイグル人です。中国人はそれを新疆ウイグル自治区と呼びます。イスラム教徒のわが民族の特徴は極めて穏やかな性格にあります。しかし2001年9月11日、米国が同時多発テロで攻撃されたときから、中国共産党は私たちをイスラム原理主義者のテロリストだと決めつけました。このレッテル張りはアメリカ政府にスンナリ受け容れられ、以来、中国は国際社会の非難を浴びることなく、不条理極まる弾圧で多くの同朋を殺害してきました」
日本のなすべきこと
キリスト教文明の米欧諸国は、元々、イスラム教に漠とした警戒心や不安感を抱いている。そこに発生した9・11を中国共産党はウイグル人弾圧の千載一遇の好機ととらえたのだ。弾圧だけではない。ウイグル人はチベット人やモンゴル人同様、それ以前から行われていた宗教や言語、文化に対する締めつけを強化され、生き残るためにはウイグル人らしさを捨てなければならない状況に突き落とされた。事実上の民族浄化である。エイサ氏はこうも訴えた。
「毎年、14歳から25歳のウイグルの女性たちが古里から遠く離れた大都市に連れていかれ、働かされます。彼女らはやがて漢民族の男と結婚させられるのです。ウイグルの男は結婚相手を奪われ、ウイグルの血が途絶えさせられつつあります」
モンゴル代表のダイチン氏は日本語で語った。来日11年、実情について語り始めた彼は、中国に帰れば投獄の運命が待っている。
「日本には1万人のモンゴル人が住んでいますが、殆どの人が恐怖で発言出来ません。発言すれば自分自身だけでなく、家族にも、必ずひどい運命が待ち受けているからです。だから、1万人もいながら、日本の人々に中国でモンゴル人がどれだけひどく拷問され、虐殺されてきたか、知らせることも出来ていません。私はいま発言しています。パスポートは中国です。中国に戻されれば、生きていられるかどうかもわかりません。こんな立場の人間を、日本政府はどうか、受け入れてほしい。永住ビザを何年間申請しても、却下され続けています」
懸命な訴えに涙を流す人々もいた。アジアの大国日本の責任は大きいとの発言に、会場から同意の拍手が湧いた。日本のなすべきことが自ずと明らかにされたのである。それが具体化したのが翌日だった。
超党派の議員61人と代理30人、計91人が、前述した中国政府の強烈な抗議にも拘わらず、「ロブサン・センゲ首相からチベットの実情を聞く議員有志の会」を開き、議員会館に首相を招いたのだ。
長年、中国に気兼ねして口を噤んできた主張なき日本の政治の壁が一気に打ち破られた瞬間である。自由、民主主義、法治などの価値観の恩恵を最大限に受けてきた日本でありながら、日本の政治家は、隣国でそうした価値観がどれだけ無残に踏みにじられていても、中国に物を言ってこなかった。だが、もはやそんな卑怯な沈黙は守らないという決意を見せたのが、91人の行動だった。
外交史に残る重要な転換点
そもそも異民族弾圧を正当化する中国の主張はおよそ全て、事実に反する。たとえば彼らはセンゲ首相とダライ・ラマ法王14世を「分裂勢力」だと非難する。分裂勢力への支持も便宜供与もするなと警告する。
だが、法王は独立を求めていない。チベット仏教とチベット語、チベット文化の継承と高度の自治の保証を要請しているにすぎない。センゲ首相も同様である。下村博文氏が会の締めくくりとして語った。
「チベット人の要請は、チベット人らしい生き方をしたい、民族の宗教、言語、文化を伝承したいという至極当然な願いです。民族としての根源的な要望に反対する国会議員はいないはずです。そこで、民主主義と自由、人権と法治を尊ぶ日本の政治家として、決議したい」
民主党の村越氏が「日本国国会議員有志によるチベット人弾圧に関する決議」を読み上げた。91人全員の支持で、決議は採択された。中国政府に「人権弾圧を直ちに停止するよう強く求める」と宣言したのだ。
年来、ダライ・ラマ法王にさえも冷淡に接してきた日本の政治が、いま、中国の強烈な圧力にも拘わらず、91人の総意で中国に人権弾圧をやめよと要求したのだ。従前と較べてなんという大きな相違であろうか。まさに、わが国にふさわしい記念すべき一歩が踏み出されたのである。
日本の政治は停滞しているが、日本再生の可能性も芽吹きつつあるのである。私はとても嬉しかったが、メディアはこのニュースを殆ど無視した。かといって、3桁に迫る数の政治家が初めて中国の人権弾圧に抗議したことの意味が減殺されるはずもない。今回の91人の行動は、必ず、わが国外交史に残る重要な転換点となり、日本再生の大きな一歩となるだろう。91人の議員に深い敬意を払うとともに、この会の実現に一役買った国基研を私は誇りに思っている。